ラヴェル「鏡」第1曲「蛾」(1)

ドビュッシーがマラルメやヴェルレーヌらの印象詩から享けた即興感覚と、ラヴェルが同じ文学系譜ながらE.A.ポー、ボードレール、J.K.ユイスマンス、A.ベルトランらに見いだした細密画的叙述感覚の違い
(三善晃「ラヴェルピアノ作品全集第1巻」解説より)

こういう傾向の違いは、ラヴェルの「鏡」、ドビュッシーの「映像」という二つのタイトルの選択にも表れていますね。
「鏡」は表題を持つ5曲から成り、それぞれの表題はかなり忠実に「細密画的」に音で表現されます。
アパッシュ(チンピラ、ごろつきといった意味)と呼ばれた芸術サークルに属していたラヴェルは、そのメンバーそれぞれに「鏡」の各曲を捧げました。

第1曲「蛾」は詩人レオン-ポール・ファルグに捧げられました。

Léon-Paul Fargue

Léon-Paul Fargue

煙草を吸っている写真しか見つかりませんでした。。面白そうな人ですね!2本一緒に吸ってませんか?

“La petite gare aux ombres courtes(短い影のある小さな駅)”という詩の下の一節にインスピレーションを得て書かれました。

“Les noctuelles des hangars partent, d’un vol gauche, cravater d’autres poutres…”

これは直訳すると、「納屋の夜蛾が飛び立つ、左にひと飛び、梁にネクタイを結ぶ・・・」となります。このCravaterはこの言葉だけだと普通のネクタイのことを言うと思いますが、ここでは蛾=Nocturellesと蝶=パピヨンがかかっているので、蝶ネクタイのことです。蝶ネクタイは正装なので夜しかつけませんね。でも、夜、紳士が正装して納屋にいるのは少し不思議です。そもそも蛾であれば、一般的にはPapillon de nuit=夜の蝶という言葉が使われますが、ここでは敢えてNoctuellesとしたのは、パピヨンでは蝶ネクタイを表しすぎていて言葉遊びにならなかったからでしょうか?或いは、夜という単語の女性形の形容詞を使うことで、夜、男性に蝶ネクタイを付ける女性、ここでは娼婦を暗示している、ということもあるのかもしれませんね。
そもそも原題の “Nocturelles” とは何か、ということですが、Wikipediaのフランス語版にあります。蛾の一種ですね。ノクターンNocturneとフランス語の彼女Elleがくっついた言葉のようだと書いているのをネットで見かけましたが、間違えていますので、ご注意を。単純に虫の蛾です。夜や女性を暗示している面もあるのかもしれないとしても、原題の意味は「蛾」です。「夜蛾」という訳もありますが、これだとむしろ蛾の一般的な呼び名 Papillon de nuit のような印象を与えますので、「蛾」でいいのではないかと思います。

以下の公演で「蛾」を演奏します。

11月28日(水) 19:00開演
ピアノリサイタル 東京 銀座王子ホール

12月02日(日) 14:00開演
ピアノリサイタル 大阪 梅田 あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール

詳細はCONCERTページをご覧ください。

ラヴェルとモンポウについて

さて、モンポウの風景の後に弾くラヴェルの鏡について書く前に、モンポウとラヴェルの繋がりについて、以下の文章を最近ネットで拾いましたのでご紹介します。

フランスの詩人レオン=ポール・ファルグ Léon-Paul Fargue(1876〜1947)は、モーリス・ラヴェルやリカルド・ビニェスらが組織していた若手芸術家集団「アパッシュ」にも所属し、音楽家の友人も多くもっていた。だからビニェスとファルグは直接に結びつくし、モンポウはパリで音楽界や社交界に入って行くのに、この同郷のピアニストでラヴェルの友人でもあるビニェスに非常に世話になっているのである。こうしてファルグ・ラヴェル・ビニェス・モンポウは一直線に結びつくのである。

「モンポウの新発見(?)作品について」椎名亮輔より)

日本には、このような面白いことを真剣に考えている人がいる、というのはとても嬉しく思います。

モンポウ「風景」

フェデリーコ・モンポウの生涯についてはあまり知られていないかと思います。Wikipedia日本語版には、モンポウの父親は鐘作り職人だったとありますが、弁護士だったとも読んだことがあり、よく分かりません。「風景」にも鐘にまつわる曲があり、お父さんが鐘職人だったらとってもロマンティックでいいなーとは思います。
同じくWikipedia日本語版には、「フランコ体制の支持者であったためにサン・ホルヘ王立音楽院の教員に就くことができた。」とありますが、スペイン語版には「Fue miembro de la Real Academia Catalana de Bellas Artes de San Jorge y Premio Nacional de Música de España.」とあり、英語版には「An initial supporter of Franco’s regime, in Barcelona he became a member of the Royal Academy of San Jorge, 」とあります。王立音楽院ではなく、アカデミー会員、ということのようですね。初期のフランコ政権の支持者であった、というのは、初期以降は支持者ではなかったのか。コルトーの例もありますし、音楽もまた政治といろいろな形で関わっています。

Wikipediaに疑問を持ちつつ、以下引用します。

1941年にナチス軍によるパリ占領を避けてバルセロナに帰郷。同年、国際コンクールの会場でピアニストのカルメン・ブラーボと知り合う。長年にわたって友情を培った末の1957年に二人は結婚した[1]。この頃から創作活動の第2期に入った。

3曲から成る「風景」はカルメン・ブラーボに捧げられました。1曲目が1941年、ちょうど彼女と知り合った時期に書かれ、2曲目は1947年、3曲目は結婚した1957年に書かれています。
カルメン・ブラーボの演奏で1曲目の「泉と鐘」を聴いてみましょう。

この曲は、モンポウがパリからバルセロナに戻って住んだゴシック地区にあるささやかな噴水と、この地区にあるサンタ・エウラリア大聖堂の鐘の音からインスピレーションを得て書かれたとも言われていますが、定かではありません。水の湧き出る自然の泉ではないようですね。水や鐘の描写ではなく、心象風景とでもいった感じ。

2曲目の「湖」は、ムンジュイックの辺りの湖と関連があるとどこかで読んだ気がしますが、バルセロナの市内なので、池や、公園にある水の張ってある物のようなことになるのでしょうか。大きな湖ではないということでしょうか。モンポウはムンジュイックにある墓地に葬られました。

3曲目は「ガリシアの荷車」。ガリシアというのはポルトガルの北にある州で、内陸部は貧しく、牛の引く荷車はこの地方の象徴のひとつということです。モンポウは、ガリシア州の州都、サンティアゴ・デ・コンポステーラに何度も滞在し、この州をよく知っていました。
この地方はケルト人が住んでいて、ガリシアの語源にはガッリアがあり、ガッリというのは鶏のことです。ポルトガルも鶏の港ということですね。なんで鶏なのか、ローマ人に聞いてみたいですね。

ガッリアというと、先日ぼーっと「SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS」の図を眺めていまして、この下のものですが、

このAREPOの意味がラテン語としてははっきりしないそうで、可能性のひとつとして、ガッリア地方にかつてAREPOと呼ばれた荷車があったという話があったような。そこで、ガッリア、荷車、ガリシア、モンポウ、と連想してみました。

話が思いっ切り飛んでしまいました。以上です。

以下の公演でこの「風景」を演奏します。

11月28日(水) 19:00開演
ピアノリサイタル 東京 銀座王子ホール

12月02日(日) 14:00開演
ピアノリサイタル 大阪 梅田 あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール

詳細はCONCERTページをご覧ください。

ハイドン ソナタ へ長調 Hob. XVI: 23 (3)

第2楽章はAdagio。8分の6拍子、へ短調。

この楽章は「シチリアーナ(またはシチリアーノ)」といわれることがあります。
シチリアーナというのは「シチリアの」という単なる形容詞で、そもそもシチリア島と関連があるのか、よく分かりません。
一般に下のようなリズムがシチリアーノの典型と言われます。

この中の下のリズムが特徴的で、の16分音符が少し後に短くなって揺れる感じが出されたりします。

速すぎないテンポで、メランコリックでノスタルジックな感じが醸し出されます。
典型的なものを以下に。
バッハのフルートソナタより(偽作)

フォレのペレアスとメリザンドより(フランス語だとシシリエンヌとちょっと小洒落た感じになります)

レスピーギのリュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲第3曲

まさにこのリズムを使って、ハイドンも書いています。
オラトリア「天地創造」第8曲 アリア「いまや野は爽やかな緑をさしいだして」
メランコリックというよりはパストラーレ=牧歌的な音楽になっています。

どうも書き始めると長くなってしまって煩雑になり、何が言いたかったのかが分かりにくくなってしまう傾向があります。
ここで私の言いたいのは、このへ長調ソナタの第2楽章は、シチリアーナであってもなくてもどうでもいい、ということです。
関係が無いということを書くために、先にシチリアーナとは何かを長々と書いてしまったせいで、ここまで読んでいただかないとまるでシチリアーナだということを書いているかのように誤解される恐れが大いにあるのが痛いですね。
思うに、何事においても名前を付けて分類をするのが好きな人が多く、一般化することで関連や差異を見出し理解をするのに役に立ちますが、こと音楽に関しては、分かったつもりになってしまう悪習でもあると思います。
私の感覚では、シチリアーナというのはアンダンテ程度のテンポの曲で、そのリズムが使われていてもアダージョだとシチリアーナとは言えないのではないのではないかと思います。テンポが違っても典型的なリズムが使われているというのであれば、ベートーヴェンの7番のシンフォニーの第1楽章や9番のシンフォニーの第2楽章でも大いに使われていますがシチリアーナという人は誰もいませんね。
この楽章は、ほとんど同じ時期に同じ調性で書かれたモーツァルトの2番のソナタの第2楽章や、23番のコンチェルトの第2楽章(嬰へ短調)などと通じる音楽で、これらの音楽についてもシチリアーナであると言われることがあるのは承知していますが、シチリアーナのリズムが使われているのは事実だとしても、それを曲目解説などに書くことによってまるでこれら曲はワルツであるとかマズルカであるというように曲の性格そのものを表すことにはなりません。ハイドンやモーツァルトがそう言ったとしても、レスピーギやフォレのシチリアーナを知ってしまっている私達にとっては全くの別物であると彼らに説明しましょう。

第3楽章は4分の2拍子へ長調。ソナタ形式ですが、第2主題は第1主題とほとんど同じですので、形としてはソナタ形式ですが主題間のコントラストはなく、むしろ16分音符の下のようなフレーズが舞台転換のように挟まれるのが印象的です。

この曲に関して書きたいことはまだまだあり、特に書くべきことを書き逃しているという気も大いにしますが、あまりにも長くなりましたので、もう、これで終わりにします。

以下の公演でこのソナタを演奏します。

11月17日(土) 15:00開演
ピアノリサイタル 稲城市立 i プラザ ホール

11月28日(水) 19:00開演
ピアノリサイタル 東京 銀座王子ホール

12月02日(日) 14:00開演
ピアノリサイタル 大阪 梅田 あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール

詳細はCONCERTページをご覧ください。