ドビュッシー「月の光」

ドビュッシーの「月の光」です。
「ベルガマスク組曲」3曲目のこの曲は、組曲の中でゆっくりとした舞曲の位置を占めています。個人的には(思い付いたのではなくどこかで読んだのだと思いますが)この曲にはサラバンドのリズムが感じられると思います。サラバンドは3拍子ですが、1拍目で下りて2拍目で上がる動きが特徴の舞曲で、2拍目と3拍目は一つの動きなので、2拍子(1と2+3)の小節がたくさんあります。
この曲のテンポ表示を見てみると、まず冒頭に Andante très expressif(アンダンテで非常に表情豊かに)とあり、15小節に Tempo rubato(テンポルバート)、19小節に peu e peu cresc. et animé(少しずつクレッシェンドして活き活きと)、27小節 Un poco mosso(少し速く)、37小節 En animant(活き活きと)、43小節 Calmato(落ち着いて)、51小節 Tempo 1°(はじめのテンポで)、66小節 morendo jusqu’à la fin(終わりまでモレンド)とあります。大きく捉えると、19小節(上のビデオの1分34秒あたりから)から速くなって27小節(2:05)ではじめより早めのテンポになり、37小節(2:35)でさらに速くなって43小節(2:52)で落ち着き51小節(3:20)ではじめのテンポに戻り、66小節(4:28)からさらにゆっくりなりながら終わる、ということですね。
この曲はあまりにも有名で人口に膾炙とでもいった感があるのですが、このように今一度楽譜を眺めてみると、実は曲全体が真ん中が少し速く、再現で元のテンポに戻り最後にゆっくりとなっていって終わるというシンプルな構成なのが分ります。そうすると、例えば27小節の Un poco mosso の前でリタルダンドをかけるありがちな演奏は構成から大きくずれてしまっていますね。43小節からの Calmato の箇所は、はじめのテンポに戻って行く流れの中でその前よりは落ち着いているということで、はじめのテンポよりも遅くしては全体の構成からはやはり外れてしまうのが分ります。
また、リズムについても、ありがちな、という言葉がネガティブ過ぎるとしたら、聞き覚えのある演奏、または聴こえの良い演奏で気になることをこの際書いておくと、そもそも1小節目の休符であったり長い音符をはしょってしまうのもよくあるのですが、13、14小節にみられるような2連音符が3連音符の前2つの音符がタイになっている形に聴こえたり、さらに典型的なのは、15小節目17小節目の頭の2連音符がまるで2つの四分音符のように弾かれるのは、非常にまずいですね。ここは、いくらテンポルバートといっても直前に14小節の2拍目と3拍目に2連音符があるので、それらとあまりにも懸け離れているとリズムが分らなくなってしまうと思います。あくまでルバートであって、返せる程度以上に盗んでしまってはいけません。

この曲は去年の11月に発売された”TAKAHIRO YOSHIKAWA – CLAUDE DEBUSSY”に入っています。

このCDは今年3月からイタリア、アメリカ合衆国とカナダでも発売となり、4ヶ月でSpotifyでは6万回以上再生されているということで、クラシック音楽としてはたくさん再生されているそうです。

配信などでお聴きいただいてもとても有り難いのですが、「ぶらあぼ」の初代編集長で、クラシックソムリエ協会代表理事などなどクラシック業界で大活躍されている田中泰さんのライナーノーツも読める、ということでCDのご購入がお薦めです(笑)!

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2017年秋の日本でのコンサートのお知らせ

2017年11月22日(水) 19:00
サントリーホールブルーローズ 東京
2017年11月17日(金) 19:00
兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院小ホール

チケットは8月20日発売です。

Programme:
ベートーヴェン ピアノソナタ第17番 ニ短調 Op. 31-2 「テンペスト」
シューマン 森の情景 Op. 82
リスト 旅人のアルバム S. 156 第1曲 「リヨン」
プロコフィエフ ピアノソナタ第8番 変ロ長調 Op. 84 「戦争ソナタ」

詳しくはコンサートページをご覧下さい。

ベートーヴェンのCD

2015年11月に日本で発売になったベートーヴェンのアルバムが去年の年末からイタリアで、今年の1月からアメリカ合衆国とカナダで発売になりました。
去年からイタリアでいくつか批評が出ましたので貼付けておきます。

音楽月刊誌AMADEUS 02/2017 Claudia Abbiati

Gothic Networkというウェブマガジンのようなもの 2017/1/27 Piero Barbareschi
http://www.gothicnetwork.org/articoli/ypsilon-beethoven-nellinterpretazione-di-takahiro-yoshikawa

新聞 Il cittadino 2016/11/2

新聞 Giornale di Brescia 2016/5/1 Marco Bizzarini

 

レコ芸特選!(音について)

11月に発売になりましたドビュッシーのCDがレコード芸術誌12月号で特選をいただきました。高く評価していただきとても嬉しく、これからさらにいいCDを作っていかなければいけないと身の引き締まる思いです。

さて、演奏についてはともかく、録音評の中で、「(ピアノに非常に近いところから取られた音で)そうした生々しさをよしとするのならばよい録音だが、演奏会場で聴く音のバランスとはかなり異なり、(後略)」とありましたので、少しご説明させていただきます。

この生々しさをよしとしております(笑)。


これは今回特選をいただいたドビュッシーではなく、去年発売され惜しくも(?)準推薦に終わったベートーヴェンのCDの紹介のビデオクリップです。イタリアで間もなく発売され、アメリカとカナダでは1月に発売になります。非常に思い入れのあるCDですので各地でどのように評価されるのか興味津々です。

録音について、ここで有名なチェリビダッケのビデオをご紹介します。このブログで既に取り上げたことがあるかもしれません。

音楽の現象学というタイトルのビデオですが、後半で録音について、彼がなぜ録音をしないか、説明しています。
その中で、音量について、小さい部屋で話すのと違い、大きい部屋で大勢の人を前に話す時には自然に声は大きくはっきり話さないと伝わらないという話があり、また、テンポについて、テンポは音響との関係で決まってくるという話があります。残響の多いところではテンポが速過ぎると音が重なるのでゆっくり演奏しないといけない、残響の少ないところではその反対に速めのテンポを取らないと音と音の間に隙間が空いてしまう。絶対的な正解のテンポというのはない、云々。まあ、特別斬新なことは言っていないわけですが、録音について考えると、「難しい」という結論になるのも分らなくはないわけです。

私は自分のレーベルを作っているくらいですからチェリビダッケと同じように考えているのではありません。彼の時代とは違い、私にとって、特に10代の頃は生演奏以上に録音を聴くのが音楽との大きな接点でしたので、いいアルバムを作りたい、という思いもあります。今の若い世代の方にはアルバムという感覚はもうないのかもしれませんが。

もともと音楽は何百人何千人というたくさんの人が並んで座ってじっと動かずみんなで耳を澄まして聴く、という鑑賞スタイルのために書かれたものでもないと思います。録音されて聴くものではない、というのも同じことだと思うのです。本来の聴き方聴かれ方ではなくとも、その媒体、コンサートホールやステレオ機器を通して音楽を楽しむことに特に問題は感じません。チェリビダッケが上のビデオの中で「ブリジット・バルドーが大好きだから彼女の写真を40枚持っているのと、レコードを買い集めるのはわけが違う」と言っているのはよく分りますが。

「いくつものマイクを置いて音に臨場感を持たせるのは馬が左から走って来て右に走っていったのを聴かせるようなもので意味がない」とも言っていますが、今はこういう取り方はあまりしないかもしれません。「音の高低により弦の位置が音像として動く」と録音評にもあるように、今風の録音をしていない僕のCDに馬が右から左に走ったような効果が聴かれます(笑)。

「演奏会場で聴く音のバランス」というのが、最近のCDの「いい録音」のキーワードなのでしょうか。であったとしたら、どの演奏会場がいいのか、という話になってしまわないですか。今時のちょっとしたミキサーには世界の有名なホールの音響を付けることが出来るソフトなんかも入っていて、これもどのようにしてサンプリングをしたのか、疑問です。どのホールでもお客さんの入り具合で残響の長さは変わりますし、一列ずれたり一席右左にずれるだけでぜんぜん音は違いますし、聴いている人の座高によっても変わってくるかもしれません。私には「演奏会場で聴く音」という言葉は一枚の木の葉のようなものに思えるのですが—。

「一枚の木の葉が他の一枚に全く等しいということが決してないのが確実であるように、木の葉という概念が、木の葉の個性的な差異性を任意に脱落させ、種々の相違点を忘却することによって形成されたものであることは、確実なのであって、このようにして今やその概念は、現実のさまざまな木の葉のほかに自然のうちには「木の葉」そのものとでも言い得るような何かが存在するかのような観念を呼びおこすのである。つまり、あらゆる現実の木の葉がそれによって織りなされ、描かれ、コンパスで測られ、彩られ、ちぢらされ、彩色されたでもあろうような、何か或る原形というものが存在するかのような観念を与えるのである。」(フリードリヒ・ニーチェ「哲学者に関する著作のための準備草案」1872∼1873)

明日タワー渋谷インストアライブ!

10月30日(日)15:00 タワーレコード渋谷店7Fイベントスペース
吉川隆弘/新譜「CLAUDE DEBUSSY」先行販売 特別企画 ミニライヴ&サイン会
入場無料!
タワーレコード渋谷店ホームページ:http://towershibuya.jp/2016/10/30/81658明日、

秋の日曜日の午後のひとときをドビュッシーと共に。

演奏曲目
ドビュッシー作曲
・版画(塔、グラナダの夕暮れ、雨の庭)
・映像第1集より「水の反映」
・映像第2集より「金色の魚」
(約30分です)

新譜「TAKAHIRO YOSHIKAWA – CLAUDE DEBUSSY」11月8日発売!
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収録曲:クロード・ドビュッシー
ベルガマスク組曲、版画、映像第1集及び第2集
詳細はCD+DVDページをご覧下さい。