カルタニセッタ その4

7時5分前にホテルの前に出る。7時ちょうどに自慢のジャガーでX氏登場。僕を車に乗せたものの、運転しながらなにやら電話で怒っている。「まったくあ いつは勝手なやつで自分の利益しか考えていない」「私たちシチリアの人間はもともと利害で動く人種ではなく、利己心という言葉は存在しなかった」などな ど。僕は聞いていない振りをしている。イタリア人は、法律では禁止されているものの携帯片手に運転する光景はよく見受けるが、こんな街の中心でろくに信号 を守らない歩行者をよけながら、電話での会話にも熱は入り、会話の内容もさることながら、運転のほうが心配である。ようやく電話を切り、車を止めて僕を抱 擁した。「よく帰ってきた。また会えると信じていた。Zに会いに行こう。」
Z氏の事務所についた。Z氏もまたX氏と同じく弁護士である。彼らは子供のときからの友人で、親しげに話をする。彼らが話しこんでいる間、僕はミラノか ら何本かの電話を受けたほかは話を聞いている振りをしていた。夕食はZ氏とその奥さん、X氏と僕の4人で、僕の泊まっているホテルのそばのトラットリアで することになり、8時半に会うことにして、X氏と僕は事務所から出た。「タカヒロ、家族も会いたがっているから、アペリティーヴォをしに家に行こう!」

X氏は町の少し外れの高台のマンションに住んでいる。非常に広い自宅の同じ階に同じくらい広い事務所を構え、そこではやはり弁護士の息子さんと娘さん、 その他5人の弁護士が働いている。娘さん、息子さん、奥さん、孫達との挨拶の後、彼は僕を客間に案内し、2人並んでソファーに腰掛けた。再会の喜びのひと 時は過ぎ、8時半の夕食までまだ1時間近くある。静かな部屋のソファーにこうして2人で並んでみると、お互い特に話すことも無いのに気が付いた。彼はシチ リアの小都市の有力な弁護士、僕は日本から来たしがないピアニスト、逆立ちしても会話の盛り上がりそうな話題は見つかりそうにも無い。
あまり長い沈黙は苦痛なので、壁にかかっている鏡の額を褒めてみた。「よくぞ見抜いた。その額は17世紀のものだ。」ついでにもう一つの額も褒めてみ た。「これはナポレオン時代のものですね。」「・・・うーむ。気に入っておる。」ナポレオンとは僕も適当なことを言ったものだけれど、彼も様式については よく知らないらしい。やわらかい白の壁と赤みのかかった木の家具に、金色の額縁のアクセントを効かせたこの客間はシチリアのお金持ちの家にしてはかなり洗 練されているのではないだろうか。もちろんミラノやブレーシアの貴族の家とは趣を異にするが(貴族の家にはもっと歴史の重みとでもいったものがあり、ま た、新しいスタイルを取り入れたとしても、もっと趣味が行き届いているものだ。)、ブルジョワとしてはなかなかであるなと思った。と同時にずいぶんえらそ うな感想を思いつくものだと自嘲したりもしてみた。

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