カルタニセッタ その6

朝食を食べに下に降りる。

カプチーノを注文したが、「エスプレッソマシーンが壊れていて出来ません。ここにあるセルフサーヴィスのコーヒーマシーンでエスプレッソでもカプチーノでもご自由にお飲みください。」と言われた。冷たいクロワッサンとまずそうなヨーグルトを取ってテーブルについた。

なにやら訛りの強いイタリア語を話す男性(南米系か?)が片言のイタリア語を話す東洋人女性(韓国人か?)と話していた。「Buongiorno…」と言ってみたが寝起きの第一声は少ししわがれていて彼らには聞こえなかったらしい。彼らの話を聞いていない振りをしながらゆっくりネスカフェインスタントエ スプレッソコーヒーを飲む。おいしくはないけれどまずくもない。ヨーグルトもまずくはない。

男性が「チミは何を歌ったのかね?」と尋ねる。東洋人女性は「ほにゃらほにゃらを歌いました。どう思われましたか?」と答えている。

そういえばこの町では毎年ベッリーニ国際コンクールというのが開催されていて、Z氏が僕のコンサートの次の日がファイナルだと言っていた。ということはこのなまっているのが審査員で東洋人女性は参加者の一人であろう。ああ、いやな場面に出くわした、と思った。

この訛り審査員の質問は極素朴なもので、審査員というものはたくさん聞くから何を聞いたか覚えていない、ということを示している。それに対する彼女の返事も無垢なもので、何を歌ったかという質問に素直に答えて、どう思ったかを知りたいから質問してみただけのことである。この女性の勇敢なところは何を歌ったかもおぼえていない人に感想を求めたところにあり、もし僕が彼の立場だったら冷や汗ものである。はるばる遠方から自分の歌を試しに来た人の審査をしておいて「実はボクはあなたが何を歌ったか、あなたの歌をどう思ったか、じぇんじぇん覚えておりましぇん」と訛り訛り告白しなければならない。

この訛り審査員は流石にそんなにおろかではない。

「うーむ。チミはハチュ音に少し問題があったな。」

彼女には発音も何もない。片言なのだ。発音に問題があるのは訛り審査員のほうなのだ。東洋人女性はそんなことには何も気付かず、あるいはおそらく気付かない振りをして、お話をありがたく頂戴していた。

そこにイタリア人のご夫人が登場し、「Buongiorno, maestro!」と訛り審査員に声を掛けた。彼は立ち上がって握手をし、親しげに話し始めた。恐らく審査員の一人であろう。いい加減嫌気が差したので出て行こうと立ち上がった。そのときご婦人は僕の顔をまじまじと見つめたので、例の如く「Buongiorno」と言ってみたが、やはり返事はなかった。僕の背後で彼女は「彼も参加者かしら?」と尋ね、訛り審査員は「いやいや、キャレは日本の銀行のジェネラルディレクターでしゅよ。」と答えていた。

というのは、今日も朝からピオンボスーツなのだ。午前中ピアノを試弾しに行くからで、9時半に30分遅れで劇場入りした。遅刻したけれど、劇場にはまだ誰もいない。ピアノは非常に調律が狂っており、一本弦も切れている。

1時間ほど弾いてみたけれど誰も来ない。守衛さんに調律師は何時に来るか聞いてみた。予想通り何も知らないという。こういうときに焦りは禁物である。怒ってZ氏に電話を掛けたりしてはいけない。調律師は来ると聞いているから来るはずだ。来れば弦くらい張るだろうし、調律だってするだろう。問題はない。もう少しだけ弾いてホテルに帰った。

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