ベートーヴェンとナポリ (3) 皇帝

前回前々回とナポリの和音のお話をして来ました。
今日はピアノ協奏曲第5番「皇帝」の第1楽章の一部を取り上げてみます。
下の楽譜は第199小節から第207小節です。

変ロ長調から変ロ短調になり、203小節目で変ハ長調のV7、205小節目前半は変ロ長調における典型的なナポリの和音です。203〜206の4小節の変ハ長調がナポリの調ということですね。
この箇所は、伝統的に少しだけゆっくりと弾かれることがよくありますが、それは、ここでナポリの調になっているからなのですね。
エトヴィン・フィッシャーとフルトヴェングラーは、ナポリの調のはじめの2小節のV7でリタルダンドして、そのあとゆったりしています。(下のヴィデオは7:12からはじまります。ナポリの調は7:20から)

弟子のブレンデルはさらにはっきりとそのように弾いています。

もう一人の弟子、バレンボイムも。

ゼルキンも。

ナポリの調になっている、ということ、あ、ピザの匂いがするね、という感じ、そのために少しテンポを緩めるというのは、説得力のある解釈の一つだと思います。ただ、それが伝統になってしまってそうする方が普通になってしまうと、本末転倒と言いますか、意外性のかけらもなくなってしまうので、テンポや音量以外にも音色、アーティキュレーションなど様々な違った方法も模索されるべきだと思います。例えばアラウやミケランジェリはゆっくりしませんが十分な効果を出していると思います。

注:上の6つの演奏はどれもとても偉大な演奏ですので時間のあるときに是非ともステレオに繋ぐかヘッドフォンかで全曲をじっくり聴いてください。好みはともかく、それぞれ学ぶところの多い演奏です。

この曲は第2主題がオーケストラの提示部では第1主題の変ホ長調に対して変ホ短調と平行調で奏されますが、ピアノの入った第2提示部では第1主題の変ホ長調に対してロ短調で演奏されます。この辺りのテンポの操作もそれぞれの演奏者の(ピアニストと指揮者の)資質をよく表しています。
詳しく見ると、第1主題部が終わり、推移に入ったところ(下の楽譜の第1小節目=126小節)は変ホ長調、5小節目=130小節で変ホ短調になります。2段目の2小節目=134小節のナポリの和音(変へ長調の主和音の第1転回形)を経て変ハ長調になります。

その後、下の楽譜の1小節目=144小節で変ハ長調の属和音が異名同音変換をして、オーケストラは変ハ長調のVソ♭-シ♭-レ♭、ファ♯-ラ♯-ド♯になり、161小節(3段目第2小節)でロ短調の第2主題に入ります。

その後、再び変ハ長調を経て変ロ長調になります。変ハ長調は変ロ長調の半音上の調、ナポリの調です。
ナポリとは関係がないですが、2段目5小節目=166小節での転調はとても大胆ですね。変ハ長調のV、ソ♭-シ♭-レ♭のソ♭がファに、レ♭がレに半音ずつ広がってファ-シ-レになって、変ロ長調になります。ソ♭-シ♭-レ♭は変ロ長調から見ると準固有和音、同主短調変ロ短調のVIの和音ということになりますか。

この変ハ長調という遠隔調が、第2楽章のロ長調に繋がっていくのですね。

蛇足ながら、最後の転調と良く似て聞こえる転調がショパンの3番のソナタの第1楽章にあります。ロ短調から変ロ長調に転調するところです。

学生の時、一緒によく演奏していたクラリネットの友人、今では聖徳学園で教えているので中村克己先生ですね、ご無沙汰しています、に大浦食堂でバタ丼を食べながら、この転調を教えてもらいました。ほとんど真面目な話はしたことがないように思いますが、どのいう流れでそのような話になったのか、ともかくいまでも感謝しています(笑)。対談でもないのに(笑)などと書いて恥ずかしい。

というわけで、学生さんや愛好家の方に少し役に立つのかもしれないと思い、楽聖の3つの名曲を取り上げて見ました。
これらの曲の分析をしたのではなく、小さな要素の一つであるナポリの6度のみを通して見てみました。月光ではある種の効果を求めて使われていたのが、熱情では主要主題の中で使われ、皇帝では作品の骨格の重要な要素として使われるようになっていましたね。ナポリであるということを少し拡大解釈しすぎているかもしれませんが。ナポリであるということを理解するだけではなく、そこでピザの匂いがしてくる、ということを如何に演奏に反映させるかが、演奏する者の楽しい仕事ですね。

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