ピアノの弾き方など 2

ピアノは鍵盤を下ろすと音が鳴るので、音色とか響きについて深く考えることがなくても音楽が出来てしまいます。でも、どうせ弾くなら美しい音で弾きたい、と思います。
「美しい音」というのは非常に難しく、どのような音のことを言うのか、それを説明するのはちょうどおいしいとかすばらしいとか面白いといった形容詞に似て単純なことではないようです。
非常に主観的な言葉でもあるような面持ちがありますが、僕にとってはかなり明解な概念で、でも人によって感じ方が異なるので、僕が美しいと思っているのはどういう音か、少し詳しく説明します。
突然歌について少し書きます。
僕は両親が声楽家で、学生時代に多くの歌手の伴奏をし、イタリアに来てからもお国柄オペラとの付き合いは途切れず、僕にとって歌とはまずオペラです。
オペラと言ってもいろいろあり、イタリアだけでなくフランスにもドイツにもロシアにもオペラがあり、アメリカ、日本にも今ではオペラのある種の伝統があると思います。でも、イタリアに来て、イタリアのオペラは違うと思いました。それは、やっぱり本家本元、本場物だからという意味では全くなくて、求められる声、声質、声の響きが僕の好みにぴったりだったのです。でもそれは僕が特に50年代から70年代のイタリアの歌手をよく好んで聞いてきたからというだけかもしれません。
本当に好きなのか、聞くうちに好きになったのか、それは少し説明しがたいところかと思います。
コレッリやデル・モナコ、カラスやテバルディ、このような歌手の伝統は今はもうありませんが、今もまだその世代の歌手やその伝統を教えている人がいて、彼らのレッスンの伴奏などをしたことは、僕にとっては音色とフレージングを学ぶ貴重な機会でした。

Franco Corelli

Franco Corelli

声のたちのよさ、のびの良さ、すべての音域における均一な響き、その響きは暗め(scuraスクーラ)がいいとされるものの、その暗さというのは金属的ではないという意味で、押しつぶされて(schiacciataスキアッチァータ)いるのを極端にさける傾向からも開放的な声が目指されているのは明らかで、倍音が豊かなときに音が回り(girareジラーレ)、高音はフタをする(coprireコプリーレ)必要があり、云々、、、要するに僕はただのイタリアオペラかぶれなのかもしれません。
そのイタリアの声の理想が僕のピアノの音の理想に近い、と言ったって始まらないと心得て、鼻でもかもうかと思います。
脱線しました。
イタリアにはじめて来たときに、たくさんのCDを船便で送りましたが、その箱が売り物ではないかとの疑いをかけられジェノヴァの税関で止まってしまい、ミラノに届くのに3ヶ月以上かかったことがありました。その間、僕は手で持って来ていた何枚かのミケランジェリとホロヴィッツとコルトーのCDばかり聞いていました。そしてようやく届いたCDからブレンデルを何気なく聞いてみたところ、その音に驚いてしまいました。まるで弦をフェルトで押さえたまま弾いているかのような、不思議な印象を受けました。

Alfred Brendel

ブレンデルは大音楽家であり、僕は彼の演奏会にはよく行ったし、非常に感銘を受け、勉強にもなりましたが、ここまで音色が僕の好きなピアニスト達と違うとは知らなかったのです。その音色は僕には少しデジタルなもののようにも感じられました。
「デジタル」という言葉はイタリア語ではdigitaleディジターレですが、この言葉には「指の」という意味もあり、というのもdigitoはラテン語で指のことなのです。
今日は脱線気味ですね。
僕の好きな、僕の目指す音色の説明は出来たのでしょうか。
では具体的にどうやって音を出すのか、次回のお楽しみです。(つづく)

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