旅への誘い

「旅への誘い」という旅行会社の宣伝文句のような使い古された言葉は、ボードレールとデュパルクを想い起こさせるので、嫌いではない。
ボードレールの旅は愛の逃避行、「贅沢と静けさと悦楽」、ああ、悪くはないけれど、それらは旅ではなく、実生活の中にあるとよりよいようにも思う。

旅、とは移動のことであり、移動中こそが旅であって、飛行機、船、電車、車、徒歩などなどが旅の手段である。目的地にたどり着いたとき、旅は終わるだろうか。夜、旅先で寝るとき、ホテル、知人宅、いつもと違うベッド、部屋の匂い、海の音、それらもまた旅の一部であると感じる。目的のある旅だろうか。終わりのある旅なのかどうかも分からなくなる。帰路も旅には違いなく、帰って来たとき、ああ、帰って来た、と思う。どこに?ミラノ。ここもまた旅先であるのかもしれない。そして日本。故郷であって、旅行先である。旅とは生きることなのかもしれない。生きることは移動すること。遊牧民のようである。遊牧民は羊を飼い、羊の乳を飲み、チーズを作る。ぼくだってチーズを食べることがある。ペコリーノは羊のチーズである。話が脱線する。途中下車、といったところか。旅は道連れなどという愚言が頭をよぎる。

ボードレールは旅を歌ったのではなく、生活を旅に例えたのではなかったか。だらだらと駄文を綴ってようやくそんな単純なことに気付いたわけである。

Leave a Reply

Your email address will not be published.

You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>