リスト「婚礼」(巡礼の年第2年『イタリア』第1曲)

朝起きて、眠たい目をこすりながら「ああ、じゃ、今朝はブレラにラファエッロでも見に行くか」と何となく思い付いたからぶらぶら美術館に行って来た、というような、そんなかっこいいミラノ生活を送っているわけではありません。

先日ブレラ絵画館の斜め前のバールでカフェをしていたら、「ラファエッロ修復されました」とか書いてあるのろしが掛かってあったので、「ああ、そういえば今度弾くから見に行っとくか」と思ったわけです。

Bar Brera

Bar Brera

というのも11月21日神戸の松方ホールで弾くリストの「婚礼」は、先日書いたラファエッロの「聖母の婚礼」からインスピレーションを得て書かれたのです!

弾くから見る、とか下心丸出しでなんか嫌な感じである。でもミラノにあるし、ま、見ておくか、と素直に思ったのは別に恥ずかしいことではないだろうと思う。

見てみて思ったのは、僕にとってリストがラファエッロを理解する手がかりになったのかもしれない、ということ。理解と書いたけれどまだなんにも理解はしていないから、感じ取る助け、と言ったほうが適切です。リストはラファエッロを見て「婚礼」を書き、当時の人はリストによるラファエッロの解釈を聴いたわけだけれど、いまとなってはラファエッロとリストはいわば相互関連しているのでリストを想い起こしながらラファエッロを観るというのもまたある種の楽しい鑑賞の姿勢であるように思われます。そのような姿勢を否定しない、リストの音楽の理解を経てラファエッロの絵からより深い(広い)印象を得たことを認める、ということは、その演奏はリストを通してラファエッロを表現するのではなくて、ラファエッロを経たリストの解釈ということになる。初めにR(Raffaello)→L(Liszt)ではなくL→Rであると言ったはずが、結局L→R→P(pianist)→Lとなっていることに気付き、もう、こんがらがってきてこの辺りで勘弁してください、という次第です。(「経る」と「得る」には意味に似通ったところがありますね)

ともかくリストの曲はホ長調で4分の6拍子、シド#ファ#ソ#ド#レ#ソ#ファ#シというモティーフで始まります。このモティーフはちょうど黒鍵だけを弾いたのと同じ5音音階から成り、また耳につくド#はホ長調の6の音で、ハ長調のラにあたり、少し悲しめ、だいたい5音音階とかちょっと普通じゃない感じに加えて、なんというかちょっと気持ちのこもった感じ、何となく期待、なんだか懐古的、ちょっとだけ異国風、休符にはじまり常に強拍を避けて落ち着き無く、でもゆったりしてちょっと神妙、いろいろ複雑な気分が醸し出されていて思うに少し宗教的であるかもしれず、いろいろ遠い調を通って冒頭のモチーフが荘厳な鐘の響きになった辺りで、ああ、「婚礼」か、というわけです。ラファエッロの絵の背景の遠さ、緻密さ、近景の鮮やかさ、聖堂の存在感がこの壮大な序奏に表されていると思います。
 「穏やかに(quieto)」と指示のある主調の8小節(2小節おきに掛け合いと絡み合いが交錯する)のあと、突然ト長調の息の長い歌が登場、ここには喜びと憂いが聞こえ、聖母マリア、結婚相手、聖ヨセフそれぞれの思いの単純でないことが感じられ、またラファエッロも少しそんな風に表現しているように思いました。この主題はオペラティックな(イタリアン)盛り上がりのあと主調で反復されますが、その際には冒頭の5音音階のモティーフが伴奏に聞かれます。大きなクライマックスの中で「穏やかに」と指示のあった主題も力強く再現されますが半ばで突然の休符、続きは再び冒頭の穏やかな雰囲気に戻り静かに曲は閉じられます。旋律が低音域だけに残され、高音域から降り注ぐ光を思わせる美しいパッセージが聞こえてきますが、これも冒頭のモティーフと同じです。「月の光が降り注ぐテラス」(ドビュッシーの前奏曲)に似ていますが、月の光というよりは午後の陽の光であり、ドビュッシーの繊細で巧妙な刺繍ではなくラファエッロのむしろシンプルな構図の上方の青空であるように思います。

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