最近思うことなど

随分ご無沙汰致しました。

久しぶりに書くので、特に肩肘張らず、最近思うことを思い付くままに筆に任せて書いてみようと思います。

昨日の夜ミラノではちょっとした嵐がありまして、雷稲妻、雹(ひょう)、雨、30分ほどの間に空からいろいろ降って賑やかでした。雹が止んだようだったのでバルコニーに出て稲妻とかみなりを見てみました。音楽ではとても表現できない凄まじさでした。

イエゾロというヴェネツィアの郊外に行った時にイタリアの空軍のデモンストレーションを見ました。いろんな飛行機が飛んできて、アクロバットな飛び方をし、空に煙で絵を描いたり、華やかなものでしたが、最後に最新の軍用機が飛んできた時はあまりの爆音にびっくりしました。ワーグナーやストラヴィンスキーどころではなく、とても音楽はかなわない、と思いました。

音楽は、天候や戦闘機のすることをするものではなかったことに後で気が付きました。

「芸術」という字が「芸」であり「術」であるということに気付き、どうもアートっぽくはない字面だなと思ったとツイッターでつぶやいたことがありました。でも、日本の伝統的な芸術などは、よく知らないので大したことは言えませんが、お師匠さんとか、家とか、じつは「芸+術」の世界なのだとしたら、概念そのものが根本的に西洋とは違うんだな、と思いました。西洋の芸術について説明するに、表現するとか創造するとか、どの言葉を使っても上手く言い表せずどうも歯がゆいのだけれど、ともかく、お手本とか、何々流とか、そういうものとは対極にあることは確かな気がします。本場とかいう言葉、ショパンを弾くポーランドの巨匠、みたいなもの、それもまた本家とかいう感覚から来るのかなとふと思いました。

イタリアオペラをイタリア語も分らないのに理解できない、という言葉に一理あるとして、でも、ビートルズに熱狂したかつての日本人の何%が歌詞を聴き取れていたか、歌は言葉だけではなく声を聴くものであるし、言葉は意味だけではなく音でもある、となんとなく思いました。

文章を人に見えるところに書くとき、たとえ誰にも読まれなくても、自分が知っていて人が知らないことや、自分が思って人が思わないことなど、ともかく何かちょっと読む人に興味を持ってもらえることを書こうとするのは当たり前だけれど、そういう見栄ではなく、ホロヴィッツもポリーニも録音した曲を僕もまた特に別段彼らより上手かろうと思ったわけでもなく録音したように、思い付くままに書くのがいいようです。

僕もまたあなたと同じことを考えています、というのもまた、このシャンプーは今一番売れています、というのと似て、こういうブログではむしろポジティブな姿勢でもあり得るとも思います。

この夏日本に帰国していた際に撮った夙川の写真など下に貼付けてみます。

兵庫県西宮市夙川

こほろぎ橋の下の鯉

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