ピアノの弾き方など 4

Glenn Gould

Glenn Gould

「ピアノの弾き方など」という題で書き始めることしたのは、奏法について、どのように鍵盤を押すかという辺りのことについて書こうかな、という考えがあってのことであったのに、どうも迂闊な性が祟って、またもや「表現」とか、さらには「リズム」とか、最も重要な問題に引っ掛かってしまい、なかなか本題に入れず、苦労をしました(ここでいう最も重要な問題というのが他の問題との間でどのようにその重要さが計られるのか、というような問題には、もう、触れない)。

Alfred Cortot

Alfred Cortot

そもそも「弾き方」を知っていると思ったから「弾き方」を説明しようと思ったはずだったのだけれど、いざ「弾き方」について書き始めてみると、「弾き方」は実は単純な「弾き方」に収まらず、音楽の表現の問題、ということは「音楽」にとどまらず「自己」の表現でもあるから、趣味の洗練だけではなくて、人としてのあり方なんかも含まれてきそうで、ああ、まだまだ僕は「弾き方」を知らないし「弾き方」なんて書けない!という結果になりました(書けないハライセにこの1文の中で7回も「弾き方」と書いてみました)。

Arturo Benedetti Michelangeli

Arturo Benedetti Michelangeli

もう少しかけるテーマで書かないと自分も読むほうもつまらないですね。

Vladimir Horowitz

ピアノの弾き方など 2

ピアノは鍵盤を下ろすと音が鳴るので、音色とか響きについて深く考えることがなくても音楽が出来てしまいます。でも、どうせ弾くなら美しい音で弾きたい、と思います。
「美しい音」というのは非常に難しく、どのような音のことを言うのか、それを説明するのはちょうどおいしいとかすばらしいとか面白いといった形容詞に似て単純なことではないようです。
非常に主観的な言葉でもあるような面持ちがありますが、僕にとってはかなり明解な概念で、でも人によって感じ方が異なるので、僕が美しいと思っているのはどういう音か、少し詳しく説明します。
突然歌について少し書きます。
僕は両親が声楽家で、学生時代に多くの歌手の伴奏をし、イタリアに来てからもお国柄オペラとの付き合いは途切れず、僕にとって歌とはまずオペラです。
オペラと言ってもいろいろあり、イタリアだけでなくフランスにもドイツにもロシアにもオペラがあり、アメリカ、日本にも今ではオペラのある種の伝統があると思います。でも、イタリアに来て、イタリアのオペラは違うと思いました。それは、やっぱり本家本元、本場物だからという意味では全くなくて、求められる声、声質、声の響きが僕の好みにぴったりだったのです。でもそれは僕が特に50年代から70年代のイタリアの歌手をよく好んで聞いてきたからというだけかもしれません。
本当に好きなのか、聞くうちに好きになったのか、それは少し説明しがたいところかと思います。
コレッリやデル・モナコ、カラスやテバルディ、このような歌手の伝統は今はもうありませんが、今もまだその世代の歌手やその伝統を教えている人がいて、彼らのレッスンの伴奏などをしたことは、僕にとっては音色とフレージングを学ぶ貴重な機会でした。

Franco Corelli

Franco Corelli

声のたちのよさ、のびの良さ、すべての音域における均一な響き、その響きは暗め(scuraスクーラ)がいいとされるものの、その暗さというのは金属的ではないという意味で、押しつぶされて(schiacciataスキアッチァータ)いるのを極端にさける傾向からも開放的な声が目指されているのは明らかで、倍音が豊かなときに音が回り(girareジラーレ)、高音はフタをする(coprireコプリーレ)必要があり、云々、、、要するに僕はただのイタリアオペラかぶれなのかもしれません。
そのイタリアの声の理想が僕のピアノの音の理想に近い、と言ったって始まらないと心得て、鼻でもかもうかと思います。
脱線しました。
イタリアにはじめて来たときに、たくさんのCDを船便で送りましたが、その箱が売り物ではないかとの疑いをかけられジェノヴァの税関で止まってしまい、ミラノに届くのに3ヶ月以上かかったことがありました。その間、僕は手で持って来ていた何枚かのミケランジェリとホロヴィッツとコルトーのCDばかり聞いていました。そしてようやく届いたCDからブレンデルを何気なく聞いてみたところ、その音に驚いてしまいました。まるで弦をフェルトで押さえたまま弾いているかのような、不思議な印象を受けました。

Alfred Brendel

ブレンデルは大音楽家であり、僕は彼の演奏会にはよく行ったし、非常に感銘を受け、勉強にもなりましたが、ここまで音色が僕の好きなピアニスト達と違うとは知らなかったのです。その音色は僕には少しデジタルなもののようにも感じられました。
「デジタル」という言葉はイタリア語ではdigitaleディジターレですが、この言葉には「指の」という意味もあり、というのもdigitoはラテン語で指のことなのです。
今日は脱線気味ですね。
僕の好きな、僕の目指す音色の説明は出来たのでしょうか。
では具体的にどうやって音を出すのか、次回のお楽しみです。(つづく)